てぃーだブログ › 浮世渡りの草舟        時の過ぎゆくままに

2011年03月07日

終わりについて考える

ということで、今回の「浮世渡りの草舟 時の過ぎゆくままに」も
これが最後の記事なのである。

最近は、春の陽気を感じたかと思えば、
また寒くなったりして落ち着かない天気なのである。

さて、今季はかなり記事を投稿した。
頑張ったほうだろう。
もう再開はしないかもなんて思ってたこのブログであるが
どうにか続いているのである。


続いているというのはしかし、ネガティブな要素も
手伝っているのである。
つまり僕自身に変化ないということである。
相変わらずしょうもない記事ばかり書いている自分が
我ながら情けない限りなのである。


そんな僕なのだが、今年は計画したことはきっちり
やってやろうと決意し、ジムにも通い始め、
毎日腹筋を鍛える日々なのである。

今年中にどうにかあのたるんだ腹筋野郎を叩き割って
やりたいのである。


そして、僕が体を鍛えるのは自分のためでもあり、
まだ見ぬ彼女のためでもあるのである。
みすぼらしい体で彼女を抱くのは申し訳ないのである。


というこで今回の終わりについて考えるであるが、
毎回ブログを一段落つけるときはどこか感傷的になる
僕だが今回は違うのである。
このブログは一旦の幕となるわけであるが、
僕自身の人生は日々現在進行形なのである。


この歳になってようやく、人生のじという字の点々の
意味くらいは分かってきている感じである。

それだけでも僕にとっては成長なのである。
そしてその学んだことを活かして今後の自身の
成長戦略を練っていこうと思うのである。


次回のブログで浮世離れの成長した姿を御見せできることを
祈りつつ、終わりの挨拶に変えてさせてもらいます。


それではまたどこかでお会いしましょう!アディオス!



  

Posted by 浮世離れ at 00:53Comments(0)TrackBack(0)

2011年02月27日

ラジオについて考える

今日は久しぶりの記事の投稿なのである。
ラジオについて考えるということであるが、
僕は今まさに、ラジオを聴きながらこの記事を書いているのである。

ということで今聴いているのは、
「桑田佳祐のやさしい夜遊び」である。

今回は桑田さんの復帰を祝っての「めでたい夜遊び」なのである。

「やさしい夜遊び」は大学の頃などはちょくちょく車で一人で
聴いていたのを思い出す。

それにしても桑田さんお帰りなさいという感じなのである。
「音楽寅さん」もまた是非やってほしいのである。


と話がそれてしまったが、ラジオはいいものである。
とても近くに感じられるのである。

中学の頃は、SPEEDのラジオも聴いていたし、

大学の頃に聴いていた、「さまぁーずの逆アレだろ」とかは
聴きながら笑っていたのである。


やっぱりラジオっていいよね。


ということで、今回のブログも残すところ僅かとなっているようなのである。
今回は頑張ってたくさん記事を書いたのであるが、
N久にもっとやるべき事があるだろ!と
お叱りを受けたのでしっかり考えて
今年こそは女性に心を開いて、女性の心に恥も捨てて飛び込んで
いけたらと決意しているのである。

とにかく今年は頑張ろうと思うのである。
そして今年は何かありそうな気も薄々しているのである。


今年は自分自身に期待していこうと思うのである。


恐らく、次回がとりあえずの最後の記事となると思います。
半年間ご愛読まことに感謝であります!

それでは次回!



  

Posted by 浮世離れ at 00:49Comments(2)TrackBack(0)

2011年02月02日

サッカーについて考える

連日、サッカー日本代表のアジア杯優勝の
話題が取り上げられているということで、
今回はサッカーについて考えるである。

それにしても今回のアジア杯の日本代表の試合は
どの試合も見ごたえのある試合で面白かったのである。

何を隠そう、僕は小学校の頃、サッカー部だったのである。

先にサッカー部に入っていた弟のあとを追うように僕も入ったと
記憶している。

それもあってサッカーを観るようになり、
94年のワールドカップアメリカ大会は夜ふかししながら
観ていたのを覚えている。

94年といえば、僕の中ではイタリアの至宝バッジオの大会であり、
ブラジルとの決勝でバッジオがPKを外してイタリアが負けたのが
あまりにも印象的で、ドラマチックだった。


今になって思えば、日韓ワールドカップを観に行っとけば
良かったと思うのである。

きっと、ワールドカップを観るなんてのは一生に一度
あるかないかだろう。

とここまでサッカーについて書いてきたが、
実際、僕はサッカーについてあまり知らないのである。
Jリーグもちゃんと見ていない。
そのため、日本代表の選手についてあーだこーだと
細かいことも言えないし、戦術についていろいろ知っている
訳でもないのである。

ましてや、監督の選手起用について、つけるいちゃもんも
無いのである。

ということでどうやら僕もにわかサッカーファンのようなのである。  

Posted by 浮世離れ at 00:10Comments(0)TrackBack(0)

2011年01月25日

ドラマについて考える

さて、今回はドラマについて考えるである。

僕は昔からテレビ好きなのでいろいろ観てきたので
あるが、最近はあまり連ドラとかを観ることもなく
なってきているのである。

特に、第一話から最終話まで観たドラマなどは
ここ何年も無いのである。


そんな僕だが、「フリーター家を買う」は
たまに観ていたのである。


職場の先輩とあのドラマはうちあたいするなぁと
話していたのである。


年末だったか年始だったか忘れたが、
TBSで「JIN」のドラマを4時間ぐらいぶち抜きで、二夜連続で
放送していたが、そのドラマを観ながら、
面白いドラマは4時間観ても飽きないねぇと家族で話した。
確かに面白かったのである。


最近になって「相棒」を観ることが多いが長く続いている
ドラマはやっぱりそれぞれに独特な魅力があるのである。


僕は「古畑任三郎」とかも大好きだったのである。
あれも独特な魅力があったし、ドラマ中にながれる音楽も
印象的なところは「相棒」とも共通するところである。


さて、僕は海外ドラマも観るのである。
プリズンブレイクはシーズン2で止まっているが
機会があればま続きを観ようと思うのである。
僕の友人のG樹はプリズンブレイクも24も制覇している
ツワモノなのである。


ところで今日の昼にやっていたドラマ「刑事定年」を
観ただろうか。


これがよくできたドラマなのである。
刑事を定年した主人公(柴田恭平)の家で繰り広げられる
どたばた劇なのであるが、基本的には家の中ですべての
話が進んでいくのである。


限られた空間で限られたキャストでのドラマなので、
脚本と役者の演技がとても際立っていて面白いのである。

久しぶりのうならされるドラマである。  

Posted by 浮世離れ at 00:55Comments(0)TrackBack(0)

2011年01月24日

映画について考える

僕は映画をよく観るほうだと思うのである。
それは家族の影響もあるのかもしれない。

小さい頃から、ジャッキー・チェンや少林寺など
いろいろ観ていた記憶がある。

当時は、ビデオもVHSではなく、ベータの時代である。
今思えばその当時は香港映画が多かったように思う。

前述したジャッキー・チェンや少林寺しかりであるが、
カンフーキッドやキョンシーなどよく見ていた記憶がある。


そして、中学生の頃にジョン・ウ―監督の「男たちの挽歌」に衝撃を受け、
高校生の頃、ウォン・カーワイ監督の「恋する惑星」に憧れ、
大学生の頃から韓国映画にはまり、


社会人になって、深作欣二監督の「仁義なき戦い」シリーズは全部観たし、
鈴木則文監督の「トラック野郎」シリーズも何本か観ているのである。


ということで大人になって、昭和の日本映画を観るようになった
僕なのであるが、凄いのである。


最近観たのは今村昌平監督の「女衒」である。
以前に今村監督の「復讐するは我にあり」を観て衝撃を受けたが
今回の「女衒」もシビれたのである。
僕はとてつもないスケールのでかさを感じ、よくこんな映画作ったもんだと
驚愕したのである。
「復讐するは我にあり」と同様に緒形拳と倍賞美津子が主要キャストを務めるが
もうとにかく良かったとしか言えないのである。


日本映画って凄いなって痛感する今日この頃である。


さて、アジアの映画の話ばかりであるが、ハリウッド映画も
もちろん観るのである。


最近観たのはクリストファー・ノーラン監督の「インセプション」である。
これがまた良かったのである。脚本や構成もかなり凝っており、面白かったのである。
僕としては音楽によって映像の緊張感がとても増幅されていたことが
とても印象に残っているのである。


ということで僕もいつか映画撮ってみたいもんだと考えているのである。






  

Posted by 浮世離れ at 00:37Comments(2)TrackBack(0)

2011年01月16日

センター試験について考える

ということで、1月15日と16日はセンター試験らしいのである。
思えば僕もセンター試験を受けたのである。
もう、9年前の話である。


数学はボロボロであったが、英語と倫理と今は無き物理IA
でどうにか点数を稼ぎ、全体でどうにか7割以上の点数は確保
できたという記憶がある。


僕は塾に通う金も惜しかったので、学校で放課後に開かれる、
センター対策講座で勉強したものである。
とは言っても、2次試験の小論文対策で5日ほど、今は無き某予備校に
通ったのを覚えている。


僕が塾というものに通ったのは後にも先にもこの5日だけなのである。


それはさておき、高3のときのみんなで進路で悩んだり、迷ったりしながら、
必死こいて勉強していたことをとても懐かしく思い出すのである。


そして、今思うと何かとても素晴らしい時間だったなと思うのである。


さて、僕のセンター試験であるが、センター試験の初日、事件があったのである。
僕がセンター試験の一日目が終わるなり向かった先、そこは産婦人科であったのである。


そして、かわいい女の子が生まれたのである。
その子とは僕の子供と言ってもおかしくないほど年の離れた
僕の妹なのである。


僕は妹の誕生を無事喜んで、センター試験2日目に臨んだのである。
なかなか貴重な体験をさせてもらったと思うのである。



そして、そんな妹の9歳の誕生日が近づいているのである。
誕生日にはあれくれ、これくれと言われる今日この頃である。


ちなみに去年はニンテンドーDSを買ってあげたのである。
何ていい兄貴なんだと我ながら思うのである。




ということで受験生の諸君、健闘を祈る!




  

Posted by 浮世離れ at 00:52Comments(2)TrackBack(0)

2011年01月11日

恋愛について考える

先日、高校時代の友人が、沖縄に帰ってきていたので
何人かで集まって飯を食ったのである。


さて、その友人であるが、彼は兵庫県で働いているのである。
彼が何故、兵庫にいるかというと、彼の彼女が兵庫の出身
だからである。

彼は彼女を追いかけ、兵庫に飛び、そして、7年付き合った
その彼女とこの前、別れたのである。

結婚の話まで進めて、7年付き合って、同棲していた彼女は
家を出て行ったのである。


そして、彼は今新しい恋をしているのである。
早速、僕はその新しい彼女と電話で話したのである。
僕は彼の前の彼女も知っているが、今の彼女は
全く違うタイプの子だという印象を受けたのである。


彼曰く、今の彼女は彼と感覚が似ており、気が合い、
そして気が楽というのである。


そして、前の彼女はと言えば、はたから見ても、
きっと彼とはタイプや考え方が違うだろうなと思うくらいであった。


僕が言いたいのは、良いか悪いか分からないが、
例え、物の感じ方や考え方が違っても、そして、
互いに深くお互いを理解しあえていなくても、
恋の名のもとに人は7年も付き合えるということなのである。


そして、別れて改めて彼女とはそりが合わなかったと
実感するということもあるんだなと。


まさに、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」のように
人は魔法にかけられたように訳も分からず恋に落ちるのか、


はたまた、コンピュータのように、システムに組み込まれた
恋のイベントフラグによって自動的に恋に落ちるのか、


どちらにしても恋に落ちるという事実は同じである。


しかし、実際に付き合い始めると、どちらかが我慢しなくては
いけないことも出てくるのである。そして、その我慢はえてして
どちらかに偏るものである。


そして、少なくとも僕には前の彼女と付き合っている彼は
何かと我慢しているように映ったのである。


僕は彼に言ったのである。
「恋の名のもとに我慢をするというのはナンセンスではないか」


恋という船に男と女が乗っている、相手が船を全く漕ごうとしないのに
それを何も言わず我慢しながら自分だけ船を漕ぐようなものである。


そしてそんな船が行きついた場所に、船を漕ごうともしなかった相手が
文句をつけてくるなんてことがあるのである。
「こんなところに来るつもりはなかった」なんて言われたら最悪である。


そんな船に乗ってしまったからしょうがないということではないはずである。
その恋という船は相手の船でもあるがそれ以前に自分の船でもあるのだ。
そして、別に相手に乗ってくれと頼んでいる訳でもないのである。
漕がない人は船を下りてもらえばいいし、そんな船なら下りてしまえばいいのである。


そして、恋という船には、漂うのを楽しんだり、荒れる海の
スリルを楽しんだりしつつも、きっと目的地が、行きつくべき岸部が
きっと必要なのである。


お互いのために。


僕の友人は、今の彼女に会うために、前の彼女との7年が
あったとも思えると言うのである。


きっとそうである。
人の縁とは不思議なものだが、そこには必ず意味があるのである。


と長々と書いてしまったが、これはあくまでも恋愛について考えるである。
結婚とはまた別の話なのである。
結婚は難しすぎて僕にはまだ手に負えない代物なのである。











  

Posted by 浮世離れ at 00:12Comments(3)TrackBack(0)

2011年01月10日

成人式について考える

今日は成人の日ということで、今回は成人式に
ついて考えるである。

僕の妹も晴れて今年、成人式を迎えたのである。
ということはつまり僕の成人式は結構昔のことと、
なってしまったのである。


僕の成人式はさらっと終わった感じであったが、
女の子の成人式はそういかないらしく、僕の妹も
成人式に向けて、着物がどうだの、写真がどうだの、
小物がどうだのと忙しそうにしていたのである。


今日、妹の振り袖姿を観て、改めて、女の子にとって
成人式は一生ものなんだなと実感したのである。
母親も喜んでたし、父親も照れくさそうにしていたが
きっと喜んでいたと思うのである。



さて、成人式といえば久しぶりに会う、中学の時の
クラスメイト(特に女子)がどう変身しているかというのも
一つの楽しみであるが、僕もある一人の女子にドキッとしとのを
覚えているのである。


その女子とは僕の中学時代の彼女である。
彼女とは高校も別で中学以来会うこともなかったが
成人式でその彼女の着物姿を観たのである。


話しかけることもできなかったが、
かわいい彼女がいたのにもったいない事したな
と思ったものである。


ということでそんな事をふと思いだした、
成人式の日でした。




  

Posted by 浮世離れ at 02:31Comments(0)TrackBack(0)

2011年01月05日

カラオケについて考える

先月は2回カラオケに行ったのである。
そして、去年カラオケに行った回数は恐らく2回だと思う。

僕は決して歌うのが嫌いという訳ではない。
むしろ好きなのである。
家でも一人ギターを弾きながら歌っているのである。


しかし、カラオケにはあまり行かなくなったのである。
思えば中学時代のほうがカラオケに行ってたような
気もするのである。
高校の時も、夏休みの部活終わりなどに行ったものである。


愛知で働いていたときなどは、スナックのカラオケで
「泳げタイヤキ君」を歌ったこともなつかしい。


ということで、去年行ったカラオケであるが、
どちらも女の子が一緒だったのである。
女の子も一緒という前提で言いたいのだが
カラオケは良いものである。


何とも素晴らしいのである。
女の子が歌が上手ければ尚更である。


さて、そのカラオケで女の子が歌った曲の一つが
HYの366日である。
一緒にいた先輩のA里さんも唸っていたのである。
そして、 My Little Lover の Hello Again である。
最近はJUJUもカバーして話題になったが、ナイスチョイスである。
そして、大塚愛のフレンジャーと定番のさくらんぼである。
もうこれは盛り上げるには鉄板である。
僕は、むしろ大塚愛を歌った女の子よりも、こんな鉄板曲を
生み出した大塚愛の凄さを改めて実感し、また、感謝すらしたくなったのである。


カラオケでの、曲のチョイスというのはかなり重要で
コンパのような初対面の人同士だと尚更である。


女の子の選曲と歌声次第では、確実に男は落ちるのである。

ということでこのカラオケについて先日、G樹とも議論したのである。
彼は女の子にELTの「出会った頃のように」とか歌われたらたまらん
と言っていたのである。


男には女の子に歌ってもらいたい曲の一つや二つあるものである。


そう言えば、この前のカラオケではaikoの「カナブン」、元い「カブトムシ」も
歌っていたのだがあれも良いのである。


ちなみに、僕が場を盛り上げるために歌うのは
サザンの「エロティカセブン」か「ホテル・パシフィック」である。

そして、十八番は井上陽水の「リバーサイドホテル」である。


どう考えても女の子を落とせそうにないのである。







  

Posted by 浮世離れ at 01:52Comments(0)TrackBack(0)

2011年01月01日

年始について考える

新年あけましておめでとうございます!
2011年も宜しくお願いします!

ということで平成23年が明けてしまったが、
今年の年越しはPCの前での年越しとなった。

リビングのテレビからジャニーズのカウントダウンライブの
音が聞こえ、父親がチャンネルを池上彰の学べるニュースに変えたため
「池上彰はいいよ(怒)!」と、妹が文句を言っているのが聞こえた。

そうやって年が明けてしまった。
さて、今年はどういう年になるのやら。

ということで今回は年始について考えるである。


中学時代の年始の想い出がある。
それは、初日の出サッカーである。

年越しを終え、朝の3時か4時ごろから小学校のグラウンドに集まり、
まだ暗い中でサッカーをしながら初日の出を待つというイベントであった。

集まると言ってもいつものメンバーで4、5人である。
どうしてこういう企画が持ち上がったのかは覚えていないが
きっとT郎の発案だろう。

そんな初日の出サッカーであるが、不安な年があった。
それは1999年の年明けである。


そう、それはまさにノストラダムスの予言の年ということで
初日の出サッカーでもその話題となり、何か起きるんじゃないかとか
このまま世界が滅びるんじゃねーかと言っていたのだが


そういった不安のせいか、なかなか夜が明けないので、
おいおいこのまま夜は明けないんんじゃねーかとざわついていたが
曇っていただけで、いつものようにあたりは明るくなっていったのである。


10年以上前の懐かしい想い出である。
そんな仲間も、今では子供がいるメンバーもいれば、
今年から同棲を始めるものもいる。


ついこのあいだ、21世紀に突入したと思っていたのに、
いつのまにか10年過ぎてしまったのである。


僕もどうやら今年、28になるようで世に言うアラサ―である。
若いのか若くないのか分からないが、少年の気持ちで
今年はいろんなことをしようと思うのである。


周りで起こるイベントを観る人ではなく、
イベントそのものを起こす人になっていかなくてはと
考えているのである。

ということで2011年の浮世離れも乞うご期待です!  

Posted by 浮世離れ at 00:36Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月31日

年末について考える

年末といえば、紅白らしいが、その紅白も
今しがたトリのsmapが歌い終わった。
今年も残すところあと僅かとなった。

ということで今年をざっと振り返ってみようと思うのである。

今年の元旦は何をしていたかたというと、
どうやら僕は仕事を辞める準備をしていたのである。

そして、2月で仕事を辞め、3月に高知、京都を巡る旅行をして、
5月、6月と少し働き、7月にまた高知に行き、9月から今の仕事を始めたのである。

そういえば、8月には甲子園で興南が春夏連覇という快挙を成し遂げた
ことも大事件であった。


さて、今年は仕事を辞め、時間があったので、5曲ほど作曲をし、
昔作った、曲に映像をつけてYou Tubeにあげるということもしたのである。
大学の頃、音楽活動を活動を始めた時に、自分で作詞・作曲し、
アレンジをし、レコーディングをして、アルバムを作った。

そして、プロモーションビデオも作ろうなんて考えていたが、
今年、どうにかそれが達成できたのである。
質はどうあれ、やると決めたことをやれたというのは
僕にとってはとても意味があるのである。

ということでYou Tubeにあげた映像であるが、
ほとんど再生されていないのである。
ほとんど見られていないということで書いてしまうが
その映像のなかで僕の友人達の映像を無断で使っているのである。


その映像観たい方は連絡くだされば、アドレス教えます。
もし削除依頼があったらすぐ消しますので宜しく。


ということで来年は僕のオリジナルの曲をいろりろYou Tubeに
あげてみようと思うのである。動画編集はかなりの労力が必要なので
静止画をくっつけて曲だけ聴けるようにしようと考えているのである。


はい、ということで今年も残すところあと3分となりました。
来年も浮世離れを何卒宜しくございます!




  

Posted by 浮世離れ at 23:57Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月30日

ヘビについて考える

今年は虎年だったようで、来年は卯年らしいのである。
ということで今回はヘビについて考えてみようと思うのである。
卯年と辰年を通り越してヘビにいってしまったがそれには訳がある。


今朝の夢に出てきたのである。そう、ヘビがである。
それもかなりの数出てきたのである、そこらじゅう至る所に
ヘビがいたのである。なかにはトカゲみたいのもいたような
気がするのである。
ということでヘビは出てきたのだが、そのヘビが何をするという
訳でもなく、ただただたくさんいたのである。


試しに、ちょっと調べてみると、夢に出てくるヘビというのは
運気の上昇を意味しており、金運がアップするかもとあったのである。
確かに、夢に出てくるヘビというのは結構いいことの瑞相だと
聞いた覚えもある。


ということでちょっと期待していたのだが、現実はそんなに甘く無いのである。
昼飯にラーメンを食うと、僕の財布からは札が消えてしまったのである。
せめてもの救いは仕事納めの寿司とビールである。


こんなんでどうやって年末過ごそうかと途方に暮れてしまうのだが、
まだ、宝くじという一発逆転が残っているので、気を取りなおして
元気よく年末を過ごそうと思うのである。


ということで今年も残りあと2日となりました。
気を引き締めていこう。

  

Posted by 浮世離れ at 02:05Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月29日

お笑いについて考える

さて、今年のM-1は見事、笑い飯が悲願のチャンピオンに
なったようだが、話題はダークホースの沖縄出身のコンビ
スリムクラブに持っていかれているようである。


僕はスリムクラブの最終決戦のネタを観たのだが面白かったのである。


ということで、年末の風物詩になった感のあるM-1だが、
どうやら今年で最後のようである。
10年も続いたことを想うと、今回のお笑いブームは長いなぁと
感じてしまうのである。


今、中堅のお笑い芸人を考えると、僕が思うに彼らは
ボキャブラ芸人という感じなのである。
例をあげれば、爆笑問題、ネプチューン、くりーむしちゅー(貝砂利水魚)
土田(U-turn)、東MAX(Take2)などいっぱいいるのである。
江頭2:50も男同士というコンビで出ていたのである。



僕が中学の頃などは、学校でボキャブラ天国の話題が出ることも
多かったのである。


ということで何を隠そう、僕はお笑い好きなのである。
最近はお笑いブームでいろいろな芸人さんのライブDVDも
レンタルされているので僕もよく見ているのである。


さまぁーずのライブDVDはほとんど観たのであるが、
面白いのである。



日本のお笑いというのは本当に裾野が広く、バラエティに富んでいるのである。
また、ジャンルもいろいろあるのである。
このジャンルについては恐らく、はっきりとした定義などはないと思うが、
僕なりに分析してみたい。


例えば、漫才とは何かと考えると、あまりにも範囲が広すぎて
分かりにくいのでとりあえず、コントと区別しようと思うのである。

それではコントとは何かというとあるシチュエーションを設定したうえで
行われるコメディーだとする。
代表的なものでいうとドリフなどが当てはまるのだろう。
今のお笑いはどちらかというとこのコントの感じが強いようにも感じるのである。


さて、それでは漫才とは何かと考えると、それはどちらかというと
シチュエーションではなく、話がメインなものだと思うのである。


例えば、爆笑問題の時事問題を織り交ぜたネタ、あれは漫才だと
思うのである。
確かに、爆笑問題のコントというのはあまり思い浮かばないので
良い例えだと思うのである。


とここまで書いたのだが、はっきり言って、お笑いのカテゴライズなんて
のはほぼ無理だと思うのである。
それだけ、お笑い芸人はあらゆる手段、方法を駆使して
人を笑わせようと、楽しませようとしているのである。


ということで僕もお笑いのネタの一つや二つ作ってみようかと思う
今年もあと3日となった、今日この頃である。







  

Posted by 浮世離れ at 01:06Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月28日

ギターについて考える

最近、ずっと片づけてあったエレキギターを
出して弾いてみたのである。


というのも、職場のギターやってる上司が、
僕がギターを弾けるのを知って、今度、
スタジオでも入って遊ぼうと言われたからである。


僕が持っているギターについては何度かこのブログの
記事でも出てきているが中学時代に買った、10年以上前の代物なのである。
ちなみに、僕の上司はエレキを20本ほど持っているというとことで
ちょっと驚いたのである。


僕も以前から、新しいエレキを買おうと思っていたのだが、
安月給になってしまい、何ともできないのである。
僕の景気が良いときに、上等買っとけば良かったと後悔しているのである。



とは言っても、僕は去年、アコースティックギターを買ったのである。
リトルマーチンのギターである。
スケールが小さくコンパクトだが音は結構いいのである。
さすがマーチンという感じである。



最近もそのギターでもって曲を創ったのである。
曲ができても、誰かに聴いてもらう機会がないというのも
寂しいものである。
僕は僕を慰めるために曲を創っては、歌っているのである。



来年は何らかの形で音楽活動をする機会もつくって
いきたいものである。


ということで今年も残すところ、今日を入れて
あと4日なのである。
もうカウントダウンは始まっているのである。


やり残したことはいっぱいありそうなので、ほっておいて、
来年すべきこと、やりたいことをあと4日考えてまとめようと思うのである。






  

Posted by 浮世離れ at 00:26Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月26日

結婚式について考える

みなさん、クリスマスはいかが過ごしましたか。
僕は職場の先輩の結婚式に行ってきました。
ということで今回は結婚式について考えるです。


今回の結婚式で僕は余興をしたのであります。
しかも、全部の余興の中で一番観るに堪えなかったはずなのである。
というのも、僕がやった余興というのがダンスなのであったが、
僕と職場の上司(男)の格好が問題だったのである。
僕と上司はまず、江頭2:50のような格好をして、
上半身裸の状態に、ビニールで作った、ブラジャーをして
これまた、ビニールで作ったスカートをつけて、
仮面舞踏会のような眼だけ隠す、仮面をつけて踊ったのである。


結構、上手に踊れたので僕としては上出来である。
さて、今年、僕は3つの結婚式に参加したのである。
一つは高知県であった友人の結婚式、
一つは那覇であった従兄の結婚式、
一つは今回の具志川であった結婚式である。


ということで内地の結婚式にも行ったのであるが、
やはり沖縄の結婚式とは違うのである。
まず、内地には舞台が無いのである。
なので僕ともう一人の友人は余興のエイサーを
空いているスペースでやったのである。


内地と沖縄の結婚式は違いがあるものの、
僕は内地の落ち着いた結婚式も良いなと想ったのである。


そして、沖縄の結婚式に出て思ったのは沖縄の結婚式は
舞台演劇にも重なる、総合エンターテイメントであると
感じたのである。


そこには、かぎやで風から始まるお決まりのオープニングがあり、
挨拶があり、乾杯の音頭で酒を楽しみ、美味しい食事を楽しみつつ
新郎新婦のお披露目で拍手と歓声をあげ、お色直しの間の余興で笑い、
そして、シャッターチャンスやプレゼントという、出席者が参加する時間があり、
スクリーンを使っての新郎新婦の写真による馴れ初めの紹介あり、
キャンドルサービス、ケーキ入刀があり、両親への言葉という、感動のシーンがあり、
全員でのカチャ-シ―でフィナーレという感じである。


ということで今回の結婚式も3時間超えである。
舞台を作ったことのある僕にとっては、3時間の舞台を
作り上演するなんてのは、よほどの準備と体力が必要だと思うし、
きっと、怖くてできないのである。


そんな結婚式のような大舞台が毎週のように開催されている
沖縄を想うと、何ちゅう場所だと思ってしまうのである。


沖縄県民は全て結婚式という芸能に携わっているのであり、
余興に対する凄いエネルギーを持っているのである。
このエネルギーを集めたらきっと凄い事が出来ると想うのである。


ということで結婚式で改めて沖縄の可能性を感じさせられた
今日この頃でした。


  

Posted by 浮世離れ at 03:12Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月20日

舞台について考える

先日、友人のG樹に誘われてある舞台を
観に行ったのである。

以前、僕が舞台に彼を誘ったことはあったが
今回は彼の方からの誘いであった。

というのもその舞台に彼の彼女が出演していたからである。


ということでパンフレットを観ると、
脚本は以前僕がやっていた舞台の仲間であり、
舞台監督は以前、僕が舞台製作の際にお願いした
舞台監督さんであった。


内容は琉球王朝時代を舞台にしたオペラ劇というもので
僕はとても触発を受けたのである。


舞台を観ると、舞台を創りたくなるのである。
僕が舞台活動をしてみて感じた事、
それは舞台とは「自由」であり「何でもあり」ということなのである。

舞台とはある意味、制限された空間であるものの
その空間はあらゆる可能性に満ちているのである。


空間が制限されている分、映像のような様々な場面展開はできないが
抽象的なイメージをリアルに表現できると思うのである。
そのため、映像の限界を舞台は軽々と飛び越えることもあるのである。


その空間には何も無いからこそ、表現したいもの全てに対して開かれているのである。
今でこそ、3Dというのが流行っているが、舞台は観る人と演る人が空間とともに
時間も共有する4D (4次元)のエンターテイメントなのである。


観る人は舞台上に漂う空気感をリアルタイムで体感し、
演る人は客席からの視線をリアルタイムで浴びるのである。



ここでいう舞台とは単に、舞台演劇や芝居を指しているのでない。
どこまでも舞台という空間そのものなのである。



その空間では、

歌を歌ってもよい、芝居をしてもよい、踊りを踊ってもよい、
詩を朗読してもよく、漫才をしてもよく、客席に語りかけてもよいのである。


だからこそ、舞台は観客がいる、いないに関わらず、
その舞台に立つ人、その舞台を創る人のものであり、
その舞台の可能性とはイコール、
その舞台に立つ人、その舞台を創る人の可能性なのである。


だからこそ、舞台とは人間の可能性に挑戦するための空間だと思うし
舞台を観るということは人間の可能性を観るということだと思うのである。


舞台とは人間が創りだした、また人間にしか創造できない
あらゆる可能性を秘めた不思議でワクワクする空間なのである。
そこには、喜びがあり、怒りがあり、悲しみがあり、笑いがあり、
その他の言葉では表現できないありとあらゆるすべての感情が
無限に広がっているのである。


誰もいない、まだ幕の上がらない舞台はまるでビッグバンの前夜の
何もない、時間すらながれない空間であり、
そこに人が立つことによって、ビッグバンが起こり、宇宙のような
無限の広がりと可能性をもつ空間へと生まれ変わり、人間という時を刻んでゆくのである。




ある人は人生とは自分が主人公の舞台であると言っていた。
そうであるならば、僕の人生もあらゆる可能性に満ちているように
思えてくるのである。



来年は何か面白いことをやってやろうと一人思う年末なのである。










  

Posted by 浮世離れ at 01:22Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月12日

忘年会について考える

ということでいつの間にか年の瀬も近づき、
忘年会の時期となっているのである。

僕の会社では先週、忘年会があり、僕のいる課が
幹事をするということで早速、僕が司会をすることに
なったのである。

司会をするとは因果とは不思議なものである。
前にいた会社でも飲み会での仕切りは僕の役目であった。


僕は大酒呑みでもなければ、酔って変わるタイプの人間でも
ないが仕切るタイプの人間ではあるのである。


声が大きいというのもあるだろうし、基本的には昔から
そういう機会が多かったので慣れているのである。

しかし、今回の忘年会は60人を超える規模だったので
なかなか運営は大変だったのである。

それにしてもこうしたイベント事は事前の準備と
段取りと臨機応変さが大事である。


さて、ということで今までの忘年会を振り返ってみたい。
3年前の忘年会は名古屋であった。
ワインを飲みすぎて吐きまくっていたことも懐かしい。
西原のメンバーで今はなき宵家にて忘年会したことも懐かしい。

大学の頃は、高校の友人と友人の彼女の家で忘年会をしたことも
懐かしい。


忘年会という名前のわりには結構忘れずに覚えているものである。






  

Posted by 浮世離れ at 21:29Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月09日

髪について考える

先日の合コンでの話である。
久しぶりに会った先輩のA里さんは
僕を見るなり、こう言ったのである。

「や―の髪型よ!中国人か!」

最近、ちょっと髪を伸ばしている僕は
髪を5‐5で分けていたのであるが、
それを見たA里さんは中国人か!ときたのである。

中国人に対して失礼なのである。

ちなみにA里さんには愛知にいるときに韓国人か!と
言われたのを覚えている。

さて、A里さんに髪のことを言われ、合コンの間も
若干、髪が気になってしまったのである。


髪型について、短いほうが似合うといわれるのであるが
短髪が似合うのは分かってるので(笑)
僕としては伸ばそうと想うのであるが、どうも癖毛のせいで
髪を伸ばすと、ぐにゃぐにゃになるため、きっちり分けてやるしかないのである。

ナチュラルにはいかないのである。

ということで短く正月断髪しようと思うのである。
ちなみに僕は高校時代は丸坊主が多かったのである。

ベランダにあるバリカンで友人に頭を刈ってもらうのである。

高校時代は友人のK貝がパーマを失敗して、笑い物になっていたのも
懐かしいし、友人のI 生の髪型がサモハン・キンポーみたい
だったことも懐かしいし、友人のG樹の一年の頃の角刈りみたいな
髪型も思い出されるのである。

いろいろ髪型で遊びたいとも思うのだが、
なかなかうまくはいかないものである。

そういえば、友人のT郎などは中学のときから
ずっと同じ髪型じゃないかと思うくらい変わらないのである。

かと思えば、KI郎などは中学の時は髪を伸ばして
坊ちゃん刈りみたいだったが今では短髪なのである。

中学時代の僕は裾刈りだったが、それで彼女ができたので
またしてみようか。

髪と言えば、僕は小学の頃から白髪があったのである。
若白髪というやつである。
どうやら家系的なものなのか、従兄も若白髪だったのである。
基本的にそういうのを気にする人ではなかったのであるが
白髪についてはいつも疑問があるのである。


白髪は栄養がいってないから白髪になると思っている僕なのだが
若干、白髪のほうが黒髪より伸びるのが早いように感じるのである。
そのため、セットしても白髪だけちょんと飛び出してしまうのである。
不思議なものである。


それにしても散髪というのは手っ取り早く気分転換ができるので
いいのである。




  

Posted by 浮世離れ at 22:55Comments(1)TrackBack(0)

2010年12月06日

大学生について考える

先日、津嘉山のTSUTAYAである人にあった。
その人とは僕が大学生のとき仕事させて頂いた塾の
講師の方だった。

6、7年ぶりのことだったので驚いてしまったのである。

ということで振り返ると、僕の大学生活は
1、2年の塾講師時代と3、4年の音楽・舞台活動時代に
わかれるのである。


塾講師時代、自分でいうのも何だが僕は人気講師だったのである。
(人気講師なんだと自分で思い込んでいた)
僕は社会の担当で、塾生の社会は全部僕が見ていたし、
父母との面談もさせて頂いたのである。
ほんとうにいろんな経験をさせて頂いた、有難い塾であった。
最近、当時の塾生から大学に合格したというメールが
きたのである。


当時の生徒は、講師をしていた当時の僕と同じ年になろうと
しているのである。
僕も歳をとったなぁと感じてしまうのである。


そして、大学3年になった僕は塾をやめ、音楽・舞台活動に
のめりこんでいくのである。
そして、作曲をして、オーディションに出たり、
オリジナルのアルバムを作ったり、
舞台では役者をして、ダンスをして、三線を引いて、
エイサーを踊ったりとほぼ勉強なんてしなかったのである。


そんな不真面目な僕でもどうにか社会人として
やっていけてるのである。


これから大学生になる若者は何でもやりたい事ができるのである。
やりたいことやったらいいと思うのである。  

Posted by 浮世離れ at 22:14Comments(0)TrackBack(0)

2010年12月05日

高校生について考える

先日、内地の工場で働いていたときにお世話になった
与那原に住む先輩に誘われて、久しぶりにコンパという
ものに行ってきたのである。
(確か前回は去年か一昨年にKI郎に誘われて行ったやつかな)


僕は、その先輩以外は誰も知らないという完全アウェーであった。
男3人でとりあえず店に入り、ビールを飲んでいると女性陣が
あとからやって来たのである。


そして、軽く自己紹介すると驚くべき事実が発覚したのである。
何と彼女たちは僕の高校の一つ上の先輩であった。
面識は無かったものの、部活の先輩や先生についてはよく知っていた。
それにしても何と沖縄は狭いのか、どこで飲んでも誰かとつながって
しまうのである。


ということで高校のときの話題で盛り上がったのである。
そこで初めて知ったのであるが僕の高校は僕の学年が入学する
前までは女子の体育着がブルマだったというのである。
それが相当嫌だったとその先輩方は語っていた。


また、生徒指導の先生が本当に怖かったという話や、
プールの授業は男女一緒だったことや誰と誰がつきあって
いただのという話題で盛り上がったのである。


僕の高校は当時は県内でも有名な校則の厳しい高校だったのである。
(僕の学年からは若干、ゆるくなってきてはいたが)
例えば、毎朝7時40分ぐらいから0校時があったし、制服や髪についても
うるさかったし、昼時間も校外にでることはできず、みんな弁当を持って
きていたし、校内には冷水機があるだけで、自販機も無かったしという
感じであった。


しかしそんな環境にも人間は慣れるものである。
僕はその当時バス2本を乗り継いで登校していたし、3年間のあいだで
遅刻をした記憶もないのである。
(基本的には7時くらいには教室にいたのである。)


そして、高2までは夏休みもほぼ毎日部活のために学校に来ていたのである。
高校は本当に部活一色という感じだったのである。
それでも成績は学年でほぼトップクラスだったのである。(ここは自慢である)


ということで何かと、うるさい学校ではあったが、その分楽しい想い出も
多いし、高校時代を振り返ったとき、話題には事欠かないのである。


本当に高校時代なんてつい最近のことのように鮮明に思い出せるのであるが
もう10年前の話になるのかと思うと何だか切なくなってしまう今日この頃である。
  

Posted by 浮世離れ at 23:55Comments(0)TrackBack(0)